英語という選択 – アイルランドの今

嶋田珠巳 著

この本を読み始めてすぐ、私はイギリスという国を思うとき、漠然とイングランドを中心に考えていることにあらためて気づかされました。ドラマや音楽を中心にUKの文化に触れていても、それがイングランドかウェールズか、スコットランドかアイルランドか、というところまできちんと意識していることは少ない。アイルランドとスコットランドとゲール語の関係も曖昧でした。

長い歴史があり書記法と文学の伝統もある一国の言語が英語に取って替わられる。最初はゆっくりと、あるときからは一気に。それは社会経済的要因と個々人の選択の結果として起きたことだった。アイルランドにおける言語交替はどのように進み、どんなことばを生んだのか。人々は今、ことばに対してどんな思いを抱いているのか。[BOOKデータベース]

この本に興味を持ったのは、「言語交替」という言葉から。アイルランドが植民地だったことや、今は英語が主に使われていることは知っていたけれど、「言語交替が起きた」という歴史については考えたことがありませんでした。

英語教育と日本語

私の働いている会社は2020年までに英語を公用語化すると経営者が言っています。そういう経営者自身はもちろん海外勤務経験者で、英語はペラペラ。ディベートが得意で日本語でも英語でもコミュニケーション能力に長けた人だから、そういう人がビジネスのグローバル化、海外事業の拡大のために英語が必要だ、と言っても一応の説得力は感じます。ただ、日本に住み日本の顧客を相手にして普段の仕事やプライベートで英語に触れることも使うこともなく、そもそも昔っから英語なんて大嫌いだよ、苦手だよ、という、管理職を含む日本人社員の多くは、CASECで何点取れ、という最低ラインのコミットメントを与えられたことに不安を感じています。

私はもともと英語には興味があったし、Google翻訳も無い昔から洋楽や洋画が好きで独学で情報を得るしかなかったもので、与えられたCASECのスコアはクリアしています。ただ、このコミットメントを「高校レベルの数学を何年までにクリアしろ」と言われた、と置き換えてみると、今不安を感じている同僚たちの気分は容易に想像できます…いやはや辛いわそれ。

今まで仕事で英語を使わなければならない中で、何人かの「英語できる」という鳴り物入り社員をチームに迎えた時に感じたのは、英語のレベルと仕事のレベルは比例しないし、会話がペラペラでも読み書きや日本語の能力が低いと仕事にならない、ということ。小学生の時に海外にいたから喋れます、という程度では仕事はできません。語彙も表現も専門用語も仕事に必要だから知っている、そういう人は多少英語の発音が悪くても海外との仕事をバリバリこなしている。実際、最近は人事もそこに気づいて、採用時に気をつけているそうだけど。

日本人の英語能力の低さが色々な場面で壁になっているから小学生のうちから英語教育に力を入れましょう、ということに何が何でもなレベルでは反対しませんが、それってまず「英語キライ」という抵抗感をなくすのが目的であって、国語教育の時間は削ったりしませんよね、という不安を感じます。ただでさえ国語って難しい教科だと思うのです。国語やら古語やら、学問になると教える先生によってはとんでもなく退屈でつまらない授業になりうる。受け手がたとえ本好き、文学好きであっても、です。

「英語という選択」には、言語交替は3世代で実現することがアイルランドの歴史をもとに示されています。植民地支配という背景があったにせよ、イングランドの入植がなかった地域でさえ、親が選択すれば子供は英語を中心に使うようになる。第5章、第6章は著者の嶋田氏の専門である言語学を下敷きにした考察が中心なので、アイルランド語、アイルランド英語という言語自体に関心がないとちょっと辛いかもしれません。第4章までは、アイルランドで起きた言語交替の背景や経緯、現代のアイルランド人が考えるアイルランド語と英語、現状への想いなどが取り上げられていて、歴史的背景すらよく知らなかった私にはとても興味深い内容でした。

日本の国家全体に言語交替が起きることは考え難いかもしれません。でも、家族レベルで考えると、「子供の将来のためには英語が重要だ」と考えて子供の頃から英語教育に力を入れたり留学させたりするのは、そんなにハードルが高いものではありません。家族が集まってコミュニティや国が成り立っていることを考えれば、その教育の中でもしも日本語教育をおざなりにしてしまえば、日本語という大変に長い歴史と奥深さ、難しさを備えたことばの将来に何が起こるか、わかったものではありません。

正直、英語でものを考えられるレベルになりたいと常々思っているけれど、「英語という選択」の中でもしばしば出てくる「アイデンティティ」を表現するための、「自分とは何か」を考える「ことば」が、日本語だろうと英語だろうと中途半端なレベルにとどまってしまう方が恐ろしい。自分を表現するものはことばに限らないにしても、他人に最も分かりやすい、伝えやすいツールはことばなので、自分の中のもやもやした感情やら想いやらをことばに変換するスキルは、やはり高いほうが良いと思います。日本での英語教育の報道に対して感じていた漠然とした不安の形が少し見えたこと、「ことば」という変わりやすいものが替わりやすいものでもあるということ、アイルランドの歴史と言語について触れることができたこと。スコットランド、ウェールズはどうなんだろう、と他にも興味が湧いてきて、私にとって得るものが多い本でした。

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