シェアする文化

今のインターネットでは、シェアすることでPRするのは当たり前になりつつあると思うのだけど、クローズドの世界ではちょっと面倒くさいことが起こる。

これが昔のインターネットの世界なら、たとえ誰でも見られるインターネットに掲載したものでも、権利を守るために割と厳しい目が光っていた。今でも「情報源」を記載しなかったり、素材として提供された大元のマテリアルではなく誰かが編集・制作した作品を(それが趣味の範囲でも)さらに編集して自分のものだと言い張るのはNGだけど、公式サイトやニュースサイトでも「シェア」する機能が備わっており、画像や映像をファンや読者に自分のタイムラインだとかブログとかに載せて広めてもらうことでPRするのが普通になっているのだから、考え方も方法も大きく変わったなぁ、と思う。いまだにTumblrやこのWordPressにもついている「リブログ」機能には馴染めないけど、あれもちゃんと引用元はわかるようになっている。

面倒くさいなぁ、と思ったのは、シェアしてもおかしくない、オープンに掲載されているそういう写真やら情報やらをきっかけに、とあるクローズドな中でなんかちょっと微妙な空気が流れたこと。まぁFacebookのことなんだけど、最近はオープンな場所にしかいたことなかったから、派閥みたいなものが存在するところはちょっと面倒くさいです。メンバーたくさんいるはずなのに発言するのは一部の人たちで、ちょっと目立ったことをする人がいると昔の女子高生みたいな反応が垣間見えたりする(ここでの昔の基準は私が生徒だった頃…笑)。ネットなのに、実名だからなのかなんなのか、リアルな空気を感じることがたまにある。炎上しないだけマシなのかな。Jesus JonesとかはTwitterでも情報出してくれるしFacebookも非公開じゃないんだけど、非公開なグループもあったりして。他にもいくつか参加しているのがあるけどあんまり増やすのはためらわれる。何せ「ページにいいね」はハンドルが使えるけどグループ参加は実名だし。

それにしても、Facebookは毎日のように「Facebookでもっと友達作ろう」とシステムがプッシュしてくる。リアルな友達とはリアルで繋がっていればいいじゃない、と思うし、会社の人とはもちろん(ネットの世界では)繋がりたくないし。それでも企業や公式のファンクラブや各種作品の公式グループがFacebookにある以上、アカウントの維持は仕方がない。だいたい企業とか作品とか有名人と「友達」にはならないじゃない、ふつう。リアルで知っている人と「友達」に、という方針なのに、なんだか実態はずれてるのよね。一方でグループの管理者に対しては紛らわしいサンプル広告を見せて「お金出してサイト宣伝しよう」と思いっきり商売ふっかけてくる。いやはや、もう目的違うんだからほっといて、と思います。笑

 

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